■変革主体は若者ではない
古市 高円寺で4月10日にあった脱原発デモは20、30代が多くて、逆に5月以降の脱原発デモは、労組などの看板や旗を掲げた昔ながらの人が多かったと思います。しかもそれがお互い交わっていなかったのが印象的でした。
小熊 政治文化が違うのだから、無理に交わる必要もないと思います。
私のところに、最近のデモについてどう思うかといった取材に新聞記者がよく来てくれますが、「大学生は立ち上がっているんですか」とよく聞かれます。いまだに40年前の68年のイメージが強いんだなと思いますね。
古市 先ほどもあった「若者が変革主体である」というイメージを引きずっているということですね。
小熊 そうです。社会運動はこの20年ぐらい停滞していて、あまり最近の現物を見たことがないから、いまだに68年のイメージに縛られているんでしょう。大学生やミュージシャンが立ち上がってくれるんじゃないか、と思っているようです。
68年のようなカウンターカルチャーは、今ではありえないでしょう。68年の頃は、本来ただの商品だったジーンズやロックミュージックが、若者だけが享受しているものだったために、年配者に対するカウンターカルチャーになったんです。「エレキを弾いていれば不良」という時代でしたからね。ファストファッションのブランドが68年をうたったり、年長者もジーンズをはいていたり、ロック雑誌の表紙に70代の人がなる時代に、ファッションや音楽がカウンターカルチャーになるわけがないですよ。
古市 現代において、当時にカウンターカルチャー的なものを担保するとしたら、どこから出てくる可能性があるのでしょうか。もはやそんなものはありませんか。
小熊 今どき若者だけが享受しているカルチャーなんてありますか。
古市 ないですね。あらゆるカルチャーは年齢に関係なく偏在してしまっています。
"— SYNODOS JOURNAL : 震災後の日本社会と若者(3) 小熊英二×古市憲寿 (via doremimate)
(via doremimate)